DOCTOR'S COLUMNドクターズコラム

2025.03.17

その他

日本における下着の歴史

Dr Tatsuta

日本は、近代になって西洋からの文化的影響を受け始めたことで、乳房を性的な印象として認識するようになったといわれています。かつては女性の魅力は着物の袖からちらりとのぞく足首や襟元の首筋に見出され、胸のふくらみやウエストの細さなどにさほど意識が向きませんでし

日本が乳房に対する認識の面で西洋文化の影響を受けた背景に、第二次世界大戦後に洋装化した衣料品が多く輸入され、日本人の洋装化を急速に推し進めたことが挙げられています。

ブラジャーに関する最も古い雑誌とされる『主婦の友』では、「姿をよく見せる乳おさへの作り方 お乳が大きくてお困りの方は是をお用ひなさいませ 」というタイトルでブラジャーの作り方が記されています。使用目的として、「だんだん着物が薄くなつてお乳の大きい方はお困りのことゝ存じますから、少しでも姿をよく見せるやうに、日本人の身體(からだ) にぴつたりあてはまつて、衛生にも適ひ、誰にも簡単にできる乳おさへの作り方をご紹介いたしませう。」と述べられています。
1940年頃には乳房を程よく胸を美しく保つために必要だと記されています。乳房が大き過ぎる者は簡単なデザインにして、小さすぎる者はレースを何段も用いる、あるいは綿を入れて複雑なデザインし、ふくらみを持たせることについて示されています。

1950年頃は高度経済成長期を迎え、女性が労働市場へ進出し、洋装が一般市民にまで定着しました。就業についた女性が洋装を選択した理由は、洋装の機能性や経済性だけではなく、精神的変化も大きく、つまり就労という行動傾向は洋装によって得られる解放感に合致したこと、洋装を経験した女性は服装で個性や趣味を表現できる自由を実感したこと、洋服・洋装の長所を理解する経験や機会が形成されたことが女性洋装の広がりを促したと述べられています。
1960年頃には下着そのものがファッション化の傾向にあると記されています。

日本においてブラジャーは健康面よりも洋装を美しく着こなすため、見た目を美しく見せるためとして紹介されていたことから、女性が自分らしさを表現する自由の権利を獲得し、洋装が一般市民にまで普及したことによって、ブラジャーの必要性が広く認識されたと考えられます。

この記事の監修者

医師

辰田 紗世

Sayo Tatsuta